2016/01/19

どこに住むか、の問題。

私の住んでいるS洞(洞は区の下の行政区域)は、不思議なかたちをしている。

六角形の空間、その名も「ダイアモンド広場」というただの空間を中心に、
六つの辺に沿ってぐるりと商店街がならび、それをさらに取り囲むように住宅団地が放射状に広がっている。
いかにも人工的な団地だけれど、住んでみて団地まわりの商店街のにぎわい、人出の多さに驚いた。
特に私の住むH団地に隣接している商店街は、「必要なものが、必要以上にある」といった感じだ。
3つのスーパーをはじめ、コンビ二、イトーヨーカ堂くらいの規模の百貨店、食堂、飲み屋、屋台、道ばたで野菜や乾物を売っている露店、ダイソー、洋服屋、アウトドアショップ、靴屋、コスメショップ、貴金属店、病院は総合病院から美容皮膚科まで数件…etc。
これらがほぼ、家から徒歩5分圏内にある(ちなみにスポーツジムでも通ってみようかと調べたら、徒歩圏内に4店舗あった)。

新しい住まいを決めるとき、私はできれば団地だけは避けたい、と思っていた。
同じ形の20〜30階建てのアパート(日本でいうところのマンション)が、同じように並んでいる韓国の団地の風景は、その地元とか町とかの空気にまったく関係なく突然生えた異物のように見える。
どの町にも同じように建っているアパート団地群は、少しも魅力的にうつらなかった。
それなのに。

* * * *

去年の秋、二人で一緒に住もうという話になったものの、引っ越し話は一向に進まず私はちょっとイラついていた。
ソウルを離れ、連れ合いの住むA市に移ることは了承していたけれど、A市のどこに目処をつければよいのか見当がつかない。
ある日しびれを切らせて「いまから下見にいく!」と、連れ合いの住んでいる町に押しかけた。
相手はのほほんと待ち合わせ場所に来て、何も聞かずS洞に私を連れていった。

私が良さそうな不動産屋をネットで調べてピックアップしておいたにも関わらず、お構いなしに手近な不動産屋に入る。
「○○くらいの予算、チョンセ(※前払い一括保証金の家賃制度。「どたばた家探し」参照)で、H団地がいい。」と、わたしゃ聞いてないよ!という条件を連れ合いはしれっと並べ、不動産屋の女主人は「最近チョンセの物件はなかなか無いのよね〜」と言いながら、H団地のうちの2、3件を出してくれた。
そして、そのなかの南向きの部屋を勧められ、
連れ合いは内見もせずに「どう、ここにするか?」と笑顔で尋ねるのだった。
き、決められません!!そんな、一杯飲み屋を選ぶようなノリで!

そういう、「住まいの決め方」に関するギャップに私はへこみ、連れ合いに対して無闇な反抗に出た。
「団地はぜったい嫌なの!」
「なんで?団地は便利だよ。出前頼むときアパートの屋号言うだけで良いんだから。」(そこかよ)
「夜、ひと気がなくて怖いじゃん!」
「24時間警備の人たちがいるよ。最近は一戸建てのほうが危ないんだよ」
「でも15階とか20階とかは人間の住む高さじゃないよ!
 エレベーター止まったらどうすんの!人は土から離れて生きられないのよお!」
地震を体験したこともなく、ラピュタを見たこともない相手には、通じなかった。

* * * *

そんなこんなで、軽くすったもんだしたものの、
もろもろを経て(その顛末は省略)、結局、S洞のH団地に収まってしまった。
住めば都。いや、都から離れた身としてはそうは言えないけど。
とにかく全てが手の届く範囲にあるこの地域での生活は、
手放しがたい「便利さ」を得てしまった。
いまのところ、そう悪くはないけれど、
便利さは、動きとか感覚を鈍らせる。ような気がする。

ともかく、新しい環境で新しくはじめる生活だから、
これからこの地域の魅力を探しだしてみようと思う。
六角形のまわりをぐるぐる歩いて、地元探索に精を出そう。
もうちょっと、あったかくなったら。



2016/01/06

招かざる訪問者。

引っ越して3週間たった今日の夕方の出来事。

買い物から帰ってきて、荷物を置いた直後にドンドンドンと玄関ドアを叩く音。
誰ですか?とドア越しに聞くと、
「○○確認ですよー」とおばちゃんの声がした。

確認ですよって言われても全然イミがわからない。
恐る恐るドアを開けると、まるで町内会会長のようなアジュモニ(おばちゃん)が何やら書類を持って、ドアの隙間から玄関にのしのし入ってきた。
「最近引っ越して来たのよね?ハイここ(と書類を差し)、世帯主の名前…あってる?アナタの名前入ってないけど…ああそう、新婚なのね」
書類の件名には「転入確認書/通帳確認書」と書いてあった…ような気がしたが、これ何ですか?と聞く前に、アジュモニは無遠慮に部屋を眺めまわし、
「あらー、内装やったのねー、キレイにしてるわねえ。ちょっといい(わよね)?」
と、ずかずか入ってくるではないか。
居間をぐるりと見て「あらあ、広く感じるわねえ」「本が好きなのねえ(=本棚しかないわねえ)」と。「あ…まだモノがあんまりないもんで」と、ついこっちがヒクツに応答してしまう。

「あらあら、これなあに?!すてきねえ!」と目を付けられたのは、格子の形に開くブラインドで、「どこで買ったの?いくらだった?」とたたみかけてくる。
さすがにこの辺で(やっと)我に返って「で、ご用件は?」と言いかけたタイミングで、アジュモニは転入確認の書類のサインを求めてきた。

ところが、書類の確認もそこそこに。
「旦那は?まだ帰ってきてないの?遅いわねえ」
「あなたいくつ?あらそんなお年なの?若く見えるわ。…なんで結婚がそんなに遅かったの」
「子どもは?いないのね?まあ早く作らなきゃね」
「旦那の出身地はどこ?あなたは?」
「働いているの?週何日?何時出勤?」
久しぶりに見知らぬ人の厚顔無恥力に圧倒され、腹が立つより呆気にとられ、思わず一問一答してしまう私。

そんでもって。
「明日は何するの?」と幼稚園の友だちのような無邪気な質問をされた後、
「教会には通ってる?」と聞かれて、ようやく再びハッと我に返った。
「いいえ」と答えたら、まるで心外というような表情で「なんで?」と聞かれたので、
「わたし仏教徒ですから」とまじめな顔で答えておいた。
「そう…私もね昔は違ったんだけど、教会でイエス様にお祈りしたら病気が治ったのよ、それ以来イエス様を信じるのよね。で、明日1時間くらい時間あったら教会に…」
「いや、無理っす」
「どうして」
「私にはお釈迦様がいますから。」

また何か言い出しそうなアジュモニをやっと玄関先まで追いやった。
出る間際にアジュモニが残した言葉は、(開けっ放しだった)トイレを見て「あらここも改築したのね…いくらだった?」
「知りません、覚えてません」

玄関を出ながらアジュモニは、
「イエス様を信じなさい〜」
と言い放って、去っていった。

いやあ。
正月+週末は家でダレていた自分に、このアジュモニの登場は
青唐辛子並みの刺激でした。
油断ならぬなあ、と思った新居生活。

というわけで、この機に「引っ越し顛末記」をちょっとずつ思い出しながら書いてみようと思う。

つづく。(つづかないかもしれない)