2016/02/29

田舎で旧正月を。

だいぶ前の話になってしまったけれど、
2月5日から8日まで、旧正月をはじめて「嫁」として田舎で過ごした話。


韓国でヨメになると盆と正月が大変だ、という話は呪いのようにあちこちから聞かされ続けてきた。
元来「女は家」と表す嫁という言葉が気に入らなかったから、「わたしはケッコンはすれどヨメになんぞならん!」と息巻いていた。
しかし韓国においては、私がどんな主義主張を持っていようが、周りは勝手に大変なヨメ像を押しつけてくる。

幼い頃は、在日のわが親族も正月や祭祀には親戚一同集まって法事を行っていた。居間では男性陣は陣取って飲み食いし、女性陣は朝から台所に立って料理に忙しく、一段落すると男性陣とは別の部屋で食事をとる。そこでは主に、夫や理不尽な習慣をディスる女トークが花咲いた。
「一度でいいから、お正月にチジミじゃなくてお刺身が食べたいわ。」
と嘆いていた叔母さんの言葉を今でも覚えている。
物心ついたころに参加した女ばかりの自由なトーク時間を面白いなと思いつつも、私は大人になったら絶対こんな習慣に染まりたくない、とも思っていた。

ところが、四十路を迎えるいま、「こんな習慣」の本場(?)でミョヌリ(嫁)と呼ばれるものになってしまった。

夫となった人の実家は、半島の南端の地域のど田舎にある。
秋夕(チュソク)のとき初めて訪れたが、本当に、見渡すかぎり田んぼと畑と山、という風景のなかに古い実家がポツンと佇んでいる。

実家の玄関をあけるとまず、年季の入った家の黴臭いような懐かしいにおいがする。
テレビとベッドだけがある居間と、台所と、シャワーがついているトイレ。住居空間はそれだけの簡素な平屋だ。そこに、お義母さんが一人で住んでいる。
義兄さん方はまだ来ておらず、正月直前に来るとのこと。で、早く来すぎた私たち、そしてお義母の3人で2日間を過ごすことになる。

盆正月のなにが大変かって、とにかく料理をつくって食べて片付けてまたつくって…が大騒ぎなのだが、
足腰の悪い義母はもうだいぶ前から、長い時間台所に立っていられなくなっていて、祭壇に供える正月料理はほとんど市販の総菜で済ますという。
なので、食材の買い出しも、料理の仕込みも、大量の食器洗いもなく、
私たちは、到着した日から翌日いっぱいまで、
お義母さんの作ったおかずで食事→テレビ観る→寝る→起きて食事(同じおかず)→テレビ観る→食事→寝る… というサイクルでひたすら時間を送ることとなった。
何もしないというのは落ち着かなくて「何か手伝いましょうか」というと「座っとけ」と言われ、
本当にただ座っているしかないという状況。

わいわいがやがや人が集まり、座るヒマもないほどめまぐるしい正月準備、
…とはほど遠い、果てしなく静かな時間がまったりと流れていく。

もしかしたら、ミョヌリの先輩方から「あまーい!」と言われるかもしれないが、
まあ、こういう実家で私はちょっと胸をなで下ろしている。