2013/03/05

日々ごはん。

食べるということは、とても大事だ。
食べることは、生活をデザインすることの一つだ、と思う。
食べることが空腹を満たすだけの作業になると、生活は少し、彩りがあせる。

ソウル到着初日。大学まであと20分ほどの道の途中で
空腹に堪えかねて、さいしょに口にしたのは屋台のトッポッキ。

片手でスーツケースを押さえ、片手で楊枝をつまんでハフハフ食べた。

生活がはじまって暫くは、3日連続同じお店で食事をとった。
いわゆる「運転手食堂(キサシッタン)」と呼ばれる、安くて量があって味もそこそこ、という食堂。

スンドゥブチゲ。

いくら安い食堂でも、毎日外食はいろいろ辛い(つらい、とも言えるし、からいとも言える)ので、
最近は自炊が多い。
みんな寮生活に慣れてきたからだ。
慣れると、節約モードに入れる。節約モードに入ると、いろいろ工夫するようになる。

韓国ツウであるゴンちゃん(ベトナム)が市場で買ってきてくれた韓国総菜と、
ジェイ(タイ)が提供してくれたドライポークミートが、ご飯にあう。
つつましいけど美味しく、ヘルシー。
やっぱりメインは辛(から)いけど。

ある日、ゴンちゃんがいただいてきた、
友人のオモニお手製のキムパプ(のり巻)で充実のランチ。
うま!
特にこの、色とりどりの野菜をクレープみたいなので包んで食べるもの、美味!

そしてその日の夕食は、みんなでおかずを持ち寄る。
太刀魚のキムチ煮、貝や肉に卵をつけて焼くジョン、切り干し大根のキムチ、ナムル、
真ん中のは、ビルマからの寮生が差し入れてくれた干しえびとガーリックの甘辛和え。

おお、
なぜかだんだんおかずがグレードアップしている。
(ゴンちゃんが作った太刀魚煮以外は、市場で買ってきた総菜だけれども)

わたしにとっては、馴染みのあるおかずばかりだけど、
アジア各地からのみんなは、どうなんだろう。
今は物珍しくておいしいけど、自分の国の食事が恋しくなるだろうな、いつか。

むかーし読んだ小説で、
在日コリアンの女の子が韓国に留学している間、
その子は徐々に、どうしても辛いものを受けつけられなくなり、食事が苦痛になって、
日本にいたときよりも自分のアイデンティティに苦しむようになった、という場面をふいに思い出した。

わたしが韓国料理を好んで食べられるようになったのは、昔からではなく、
ある程度以上に「オトナになってから」だ。
これが20代はじめだったら、唐辛子の入っていないもの、にんにくの味がしないものを、
焦がれて探したかもしれない。

ともあれ、
みんなで囲む和やかな食卓。

ちょっと神妙なようすにも見えますけど…。

ある意味、ASEANな食卓。